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2007沖縄ピースサイクル無事終了! 報告
2007沖縄ピースサイクル無事終了
         2007沖縄ピースサイクル事務局 新田秀樹

 カレンダー 6月21日(木)

 晴れ、平年より短いが記録的な豪雨になった梅雨が明けた沖縄。全国から続々と那覇空港へ集う。2007オキナワピースサイクルのスタートだ。
 国際通りあたりで昼食を済ませ、13時、沖縄県庁ロビーへ集合、全国からのピースメッセージを仲井真弘多沖縄県知事に手渡すためだ。
 県庁では保坂好泰知事公室基地防災統括監が対応した。ピースメッセージの中で沖縄の基地問題を全国の問題として考えている点にありがたく思うと発言され、これから取り組まれるピースサイクルにエールを送った。しかし、県としては自衛隊の問題にしても、不発弾処理など県民の生活のために必要であり、あなた方とは考えが違うなど若干のやり取りを行い、辺野古や高江の基地建設やそのための「事前調査」などに反対するよう要請した。

全国からのピースメッセージを知事公室基地防災担当監へ手渡す
 全国からのピースメッセージを知事公室基地防災担当監へ手渡す。

 県庁を後にし、車で極東最大の航空基地である嘉手納飛行場の見える「道の駅・かでな」に行く。平日でもあり、F-15をはじめとする戦闘機の離発着訓練が行われており、嘉手納地域の爆音などの被害の一端もうかがえた。
 嘉手納町を後に読谷村到着、「戦争と人間」金城実彫刻100Mレリーフを見学。昨年末返還が実現した読谷補助飛行場での展示は大迫力である。
 私たちは一旦今日の宿である知花昌一読谷村議の民宿「何我舎」へ移動、夕食を済ませ元毎日新聞記者西山太吉さんの講演会に参加。1972年の沖縄返還にかかわる密約を暴露し、機密漏洩事件として闇に葬られ、その経緯がこのほど「岩波新書」から出版された。現状での問題点などの苦言を交えた西山さんの話と沖縄をしっとりとギターで弾き語る安里正美さんの歌を聴き、読谷の夜を過ごした

金城実氏の力作「銃剣とブルトーザー」
 金城実氏の力作「銃剣とブルトーザー」の一部、中央の像は沖縄のガンジーこと故阿波根尚鴻氏

 カレンダー 6月22日(金)

 朝から快晴。今日は車を使ってのフィールドワーク。別の予定で参加している人も合流し、案内役の平和ガイドとして活躍されている宇根悦子さんを乗せ出発。まずは、沖縄戦の最大の激戦地であり、宜野湾市が一望できる嘉数高台へ移動。ここ嘉数の決戦で日本軍はほとんどの戦力を失い、もはや敗北は決定的であったにもかかわらず、本土決戦のために捨石にされたことなどの説明を受ける。
 また、最近では2004年8月13日に墜落事故もあり、非常に危険な米海兵隊普天間飛行場が視界の中央を大きく占拠する。名護市の辺野古へ移転が予定されている基地だが、老朽化し市街地の中心にあり機能的に問題があり、移転は基地強化であり断じて許すわけにいかない。

嘉数高台から見た宜野湾市、中央右が普天間飛行場
 嘉数高台から見た宜野湾市、中央右が普天間飛行場

 宜野湾市を後に、那覇市へ。沖縄観光のメッカとなっている首里城へ行く。私たちは首里城見学ではなくかつてここの地下にあった沖縄守備軍第32軍司令部跡を見学。太田知事時代に調査公開へと動き出したが、保守派の稲嶺前知事に代わりそれは実現することはなかった。首里城の華やかさに比べ、誰一人訪れる人もなくひっそりと林の中に存在している。
 食後は南風原町へと移動。南風原町文化センターを見学後、陸軍病院跡に。今年6月17日から自治体が公開を始めたそうだ。南風原町が平和政策に積極的な一端がうかがえる。

南風原陸軍病院跡へ入る今回参加最高齢の伊達工さん
 南風原陸軍病院跡へ入る今回参加最高齢の伊達工さん

 最後に県立平和祈念公園を訪れる。「平和の礎(いしじ)」前で話を聞き、資料館へ。
「平和の礎」
 「平和の礎」

 フィールドワークを終え、那覇市へ。明日からに実走の準備を終え、参加者一同が集い交流会へ。

 カレンダー 6月23日(土)

6月23日(土)、沖縄県庁前をスタート
 6月23日(土)朝、沖縄県庁前をスタート

 今日も晴天。いよいよ自転車でのスタートだ。県庁へ集合し、南部へ向けスタート。みんな決して若いとはいえないメンバーで日頃の運動不足もあり、大きな坂道はないが苦戦。向かい風がかなり強い。それでも全員、南部ひめゆりの塔前に到着。ここからは「第24回国際反戦沖縄集会」のデモ行進に参加、大半の集会参加者は安倍総理訪沖反対行動に参加のためやや寂しい。「従軍慰安婦」や沖縄戦における「集団自決」の軍の関与はなかったという安倍政権に対する不満は多い。「集団自決」については県議会を含めすべての自治体が意見書を採択している。

デモ行進に参加する沖縄ピースサイクルのメンバー
 デモ行進に参加する沖縄ピースサイクルのメンバー

 集会は平良修さんから韓国からのゲスト紹介の後、集会の意義を訴えられてスタート。海勢頭豊さんのミニコンサート、子供たちの詩の朗読、平和バスガイドとして糸数慶子さん、中米エクアドルで開催された反基地世界会議の報告に平良夏芽さん、伊波洋一宜野湾市長、グアムの状況の報告にAPAジャパンの山口響さん、高江のヘリパッド建設反対の訴えを仲嶺武夫高江区長等々、盛りだくさんの内容である。
 集会を終え、那覇市へ戻る。追い風を受けて快調に進み、今日の走行終了。

 お金 ピースマイレージ:45km×14人=630km

 カレンダー 6月24日(日)

 今日も晴れ。国道58号線を北上する。平日なら渋滞の激しいこの道路も日曜日とあって走りやすい。予定した時間よりも早く進んでいる。那覇・浦添・宜野湾・北谷・嘉手納・読谷と市街地を抜け、コバルトブルーの海が目にまぶしい恩納村を昼前に通過。予定を変更して名護市の東、潟原海岸まで行き昼食をとる。米軍の上陸舟艇の訓練提供区域であり、訓練のために流れ出た赤土が海岸を被いつくし、痛々しい。かつて、ここにマングローブの植樹をしたが、残るのはわずかになっている。
 潟原をあとに辺野古へとむかうラストランだ。突然の雨に打たれながらも皆さん無事完走。辺野古のテント村には、毎年お世話になっている東恩納琢磨さんらが私たちの到着を待っていた。事務所に移動し、メッセージを今年のピースサイクルの応援団にも名を連ねていただいているヘリ基地反対協議会代表委員の安次富浩さんに手渡し、今日の状況などの話を聞いた。米軍再編合意から、何ら法的手続きを無視して、「現況調査」と称して、工事が強行されている。必死の抵抗が今なお続いている。
 ここから一旦宿に入り、夕方の交流会へと車に分乗して出かける。交流先はじゅごんの保護活動などの活動をしている東恩納琢磨さんの自宅隣の「じゅごんの里」だ。ビデオと話を聞きながら、バーベキューとさしみに舌鼓を打ち、沖縄最後の夜をすごした。

辺野古に到着したメンバー
 辺野古に到着したメンバー

 お金 ピースマイレージ:75km×13人=975km

 カレンダー 6月25日(月)

 雲は多いが晴れ。最終日は名護からさらに北へ50kmほど行き、東村高江に向かう。さすがにこのアップダウンの激しいこのルートは車での移動とした。車でも1時間はたっぷりかかる。ヤンバルの大自然の中に喫茶「山亀」がある。ここのオーナー安次嶺現達さんのお話を聞く。このヤンバルの森に新たにヘリパッドを建設する計画が持ち上がり、7月から辺野古と同時平行して建設を強行している。最近放映されたテレビ番組のビデオを見て、安次嶺さんは静かな自然を求めて、嘉手納から引っ越して住むようになり、この地区は同様に移住者が多いそうだ。ヤンバルの森の大半は北部訓練場として、ジャングル戦の訓練施設として提供されている。現在でも昼夜を問わず訓練が行われている。このヘリパッドの建設により、さらに激しくなる。沖縄県民の水瓶でもあるダムが多く点在している地域でもある。このダムも汚染しているのだ。話の後、建設予定地へと行くがあまりにも住宅と近い。この地域への影響は計り知れない。
 東村を後に、那覇へと向かうが車で約3時間、辺野古に比べなかなか沖縄全体の問題になっていない沖縄をはじめ全国へと沖縄の現状を訴えていかなければならない。それも沖縄ピースサイクルを取り組むピースサイクル全国ネットワークの使命でもある。
 午後3時、那覇空港へ到着。2007オキナワピースサイクルが終了した。参加の皆さん、大変お疲れ様でした。また、これから始まる全国ルートを成功させよう。
 2008年も19回目の沖縄ピースサイクルを取り組みます。ぜひご参加ください。

美ら(ちゅら)海、沖縄
 美ら(ちゅら)海、沖縄

Posted by : peace-cycle | 沖縄PC | 23:29 | comments(0) | -
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